TOP 70年80年代ヒット曲動画パート2

2017年04月24日

ジョーン・バエズ(風に吹かれて)

ジョーン・バエズ


Joan Baezは、アメリカのミュージシャン。

1941年に、ニューヨーク州のスタテン島にてメキシコ系の家に生まれる。

歌手としての経歴は、1959年のニューポート・フォーク・フェスティバルから始まった。

ファースト・アルバムの『ジョーン・バエズ』は、1960年にヴァンガード・レコードから発売される。

同作は「ドナドナ」「朝日のあたる家」などトラディショナルのフォーク・バラード、ブルースと哀歌が、彼女自身のギターによって演奏された物であった。

1961年に発表された、2作目の『ジョーン・バエズ Vol.2』はゴールド・アルバムとなり、翌年リリースされた『ジョーン・バエズ・イン・コンサート 』も同じくゴールド・アルバムを獲得した。

バエズは、1960年代初頭から中期に掛けて、アメリカにおけるルーツ・リバイバルの先頭に立ち、自らの聴衆に対し、ブレイク前のボブ・ディランを紹介し、また多くのアーティストらは彼女を模倣した。

1968年12月、ディランの作品のみを歌った2枚組のアルバム『Any Day Now』を発表。

シングルカットされた「ラヴ・イズ・ジャスト・ア・フォー・レター・ワード」はバエズのコンサートの定番曲のひとつとなった。


風に吹かれて


Blowin' in the Windは、ボブ・ディランのセカンド・アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』に収録され、シングル・カットされた楽曲。

ピーター・ポール&マリーのカバーが世界的にヒットして、作者のディランを一躍有名にした。

1960年代のアメリカ公民権運動の賛歌とも呼ばれ、現在に至るまでディランの作中最も愛唱されることの多い歌曲となっている。

1976年ジョーン・バエズがカバーし、アルバム『From Every Stage』に収録されている

wikipedia

ジョーン・バエズとピーター・ポール&マリーとこの歌が、ボブ・ディランを有名にしたんですね!

ジョーン・バエズは反戦活動家です。そしてこの歌も反戦歌です。

ベトナム戦争を憂い、多くの歌手がこの歌に賛同しカバーしました。

67年にジョーン・バエズは来日しています。動画でも一部この曲を日本語で歌っています。





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From Every Stage

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ボブ・ディラン


ピーター・ポール&マリー

posted by かどやん at 14:30| Comment(0) | 1976年のヒット曲

2017年04月19日

アン・マレー(デイドリーム・ビリーバー)

デイドリーム・ビリーバー


Daydream Believerは、1979年アン・マレーのアルバム『愛の残り火』(I'll Always Love You)に収録されているヒット曲

全米12位

アメリカのアイドルグループ・モンキーズが1967年にリリースしたシングル「デイドリーム・ビリーバー」のカバーである。

wikipedia

モンキーズの「デイドリーム・ビリーバー」は全米1位になった大ヒット曲です。日本でも大ヒットし、その当時は誰でもが知っている曲だったと思います。

カバーしている歌手も多く、日本でも多くの歌手がカバーしています。忌野清志郎のカバーが有名ですね、セブンイレブンのCMに使用されているので、知っている人も多いと思います。



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I'll Always Love You





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posted by かどやん at 15:02| Comment(0) | 1979年のヒット曲

2017年04月15日

エタ・ジェイムズ(アイド・ラザー・ゴー・ブラインド)

エタ・ジェイムズ


Etta Jamesは、アメリカのブルース、R&Bシンガー。

出生時の名前は、ジェイムセッタ・ホーキンズ。

60年代から70年代にかけてチェス・レコードに在籍し、"Tell Mama"など多くのヒットを生んだ。

1938年1月25日、カリフォルニア州ロサンゼルスにて、アフリカ系アメリカ人の母親のもとに生まれ、祖父母に育てられた。

幼い頃からバプテスト教会に通い、ゴスペルの合唱団に所属していた。

12歳の頃、母親とともにサンフランシスコ移住したエタは、間もなく友人の女性二人とボーカル・グループを結成。

彼女が14歳のとき、このグループはバンドリーダーとして有名なジョニー・オーティスを彼のライヴの後ホテルの部屋へ訪ね、その場でオーディションを受ける。

このとき歌ったのがハンク・バラード&ザ・ミッドナイターズの"Work With Me Annie"のアンサー・ソングという位置づけの"Roll With Me Henry"だった。

オーティスはこの曲を気に入り、彼の口利きでエタはロサンゼルスのモダン・レコードと契約することとなった。

1954年、同レーベルでの初セッションでこの曲をレコーディングしたが、曲名は性的なものを連想させるという理由から、"The Wallflower"へと変更された。

この曲は翌1955年にリリースされ、R&Bチャートのトップを記録する。

モダンからは、この他"Good Rockin' Daddy"(同チャート6位)というヒットも生まれた。

1960年、チェス・レコードと契約。

ここでは、レーベルが倒産する1976年までの長きに渡って在籍し、エタはキャリアの中で最大の成功を収めることとなった。

2008年12月に全米で公開されたチェス・レコードを題材にした映画『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語』では、エタ役をビヨンセが演じている。


アイド・ラザー・ゴー・ブラインド


I'd Rather Go Blindは、1978年アルバム「ディープ・イン・ザ・ナイト」に収録されているヒット曲

wikipedia

この曲が、最初に録音されたのは1967年で、Tell MamaのB面として録音されましたが、その後両面シングルとなったようです。

その当時もヒットしていて、多くの歌手がカバーしています。

1972年にロッド・スチュワートがアルバム「ネヴァー・ア・ダル・モーメント」に収録しました。

エタ・ジェイムズも1978年のアルバムに「Blind Girl」というタイトルに変え再度収録しました。

多くの歌手がカバーしているだけあって、すごく良いソウル、ブルースです。

映画『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語』の中でエタ・ジェイムズ役のビヨンセがこの曲を歌っています。これもまたいいです!





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Deep In The Night



ロッド・スチュワート


ビヨンセ


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posted by かどやん at 15:55| Comment(0) | 1978年のヒット曲

2017年04月09日

アダム&ジ・アンツ(スタンド・アンド・デリバー)

アダム&ジ・アンツ


Adam and the Antsは、1980年代にニューロマンティックムーブメントを作り出したイギリスのニュー・ウェイヴ/ポストパンクバンド。

アメリカのマイケル・ジャクソンやプリンス、日本の沢田研二やヴィジュアル系バンド、さらにポケットビスケッツにも多大な影響を与えた。

アダム・アントをリーダーとして1977年に結成し1978年にデビュー。

本格的にデビューする前のマネージャーはマルコム・マクラーレンだったが裏切られ、バンドメンバーをすべて引き抜かれる。

バンドメンバーは、後にバウ・ワウ・ワウを結成してデビュー。

1979年に新メンバーでデビューアルバム『ダーク・ウェアズ・ホワイト・ソックス』を発表し話題となる。

1980年に発表されたアルバム『アダムの王国』が全英10週連続1位となる。

ヴィヴィアン・ウエストウッドの手掛ける「海賊ファッション」で顔にはメイクを施し、ヴィジュアル的にも大ブレイク。

コンサート会場は衣装やメイクを真似たファンであふれた。

wikipedia


スタンド・アンド・デリバー


1981年の秋に発表されたアルバム『プリンス・チャーミング』に収録されている大ヒット曲

全英1位獲得

動画を観ると本当に海賊ファッションですね、そういえばマイケル・ジャクソン、プリンス、沢田研二もこのような衣装を着て歌っていた記憶があります。

超一流人に影響を与えたのですから、すごいバンドです。



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プリンス・チャーミング

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posted by かどやん at 13:06| Comment(0) | 1981年のヒット曲

2017年04月05日

ロバート・パーマー(この愛にすべてを)

この愛にすべてを


1988年ロバート・パーマーは古巣のアイランド・レコードを離れて、EMIと契約し、同年『HEAVY NOVA』を発表。

ここから"Simply Irresistible"(邦題・この愛にすべてを)が全米シングルチャート2位を記録するヒットとなり、この曲で自身2度目のグラミー賞最優秀男性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞を受賞した。

wikipedia

ロックだけど、ソウルを感じる曲ですね、ロバート・パーマーは、R&Bバンドからスタートしているので、ブルー・アイド・ソウルになるのでしょう。



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Heavy Nova

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posted by かどやん at 14:59| Comment(0) | 1988年のヒット曲