2016年07月21日

バリー・マニロウ(哀しみのマンディ)

哀しみのマンディ


Mandyは、、1974年バリー・マニロウ(Barry Manilow)のアルバム「バリー・マニロウII」に収録されているシングル大ヒット曲。

この曲は、元々は作曲家スコット・イングリッシュとリチャード・カーが1971年に発表した「ブランディ」(Brandy)という楽曲であった。

この時は全英シングルチャートで12位を記録したが、テンポの早かったこのバージョンはアメリカ合衆国では失敗した。

1974年にバリー・マニロウによって「マンディ」の名でレコーディングされ、本作はマニロウの最初のBillboard Hot 100およびアダルト・コンテンポラリー・イージーリスニングチャート第1位獲得シングル、および初のゴールドシングルとなった。

wikipedia

良い曲ですよ!ウエストライフ(WESTLIFE)のカバーバージョンも掲載しましたので、ぜひ聴いてください。



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Barry Manilow 2 (Exp)



ウエストライフの(哀しみのマンディ)


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posted by かどやん at 13:13| Comment(0) | 1974年のヒット曲

2016年07月24日

リック・デリンジャー(ロックンロール・フーチー・クー)

リック・デリンジャー


Rick Derringerはアメリカのギタリスト、音楽プロデューサー。

オハイオ州フォートリカバリー生まれ。ザ・ベンチャーズを聴いてギターを手にするようになる。

自身のバンドであるマッコイズが「ハング・オン・スルーピー」のナンバーワン・ヒットを放つ。ちなみにこのマッコイズというバンド名は、彼の敬愛するザ・ベンチャーズの曲"The Real McCoy"にちなんでいる。

その後、ギタリストとしてジョニー・ウィンター、エドガー・ウィンターらと共に活動することが多くなる。

腕を見込まれてスタジオ・ミュージシャンとして客演することも多かった。

1973年10月、デビュー・アルバム『オール・アメリカン・ボーイ』を発表。

シングルカットされた「ロックンロール・フーチー・クー」はビルボード・Hot 100で23位を記録した。

ルックスもあいまってアイドル的な人気を博した時期もあった。


ロックンロール・フーチー・クー


Rock and Roll, Hoochie Kooは、デリンジャーが所属していたジョニー・ウィンター・アンドのアルバム『ジョニー・ウィンター・アンド』(1970年)が初出で、1973年にはデリンジャー初のソロ・アルバム『オール・アメリカン・ボーイ』でセルフ・カヴァーされた。

ジョニー・ウィンター・アンドのヴァージョンは7インチ・シングルもリリースされたが、Billboard Hot 100入りは果たせなかった。

一方、デリンジャーのセルフ・カヴァーは1974年にBillboard Hot 100で23位を記録し、ソロ名義では唯一の全米トップ40シングルとなった。

wikipedia

70年代のハードロックという感じですごく良い曲です。ヴァンヘイレンもカバーしています。



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オール・アメリカン・ボーイ(紙ジャケット仕様)



ヴァンヘイレンの(ロックンロール・フーチー・クー)


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posted by かどやん at 11:53| Comment(0) | 1974年のヒット曲