2016年02月26日

ジョージ・マックレー(ロック・ユア・ベイビー)

ジョージ・マクレー


George McCraeは、アメリカの歌手。

ディスコソング「ロック・ユア・ベイビー」の大ヒットで知られる。

1967年にジョージが海軍を除隊すると、夫婦でデュエットを組んでアルストン・レコードと契約、1969年からシングルを出すもヒットには至らなかった。

また、事実上はグウェンがソロを受け持ち、マネージャーのジョージがバッキング・ボーカルに加わるというものであった。

そして、ヒットが出はじめたグウェンのソロ活動に重点を置くとともに、ジョージは大学で刑事司法について学ぶことを切望し、歌うのをあきらめかけていた。

ところが、ちょっとしたトラブルがもとで、グウェンに提供された楽曲をジョージが代わりにレコーディングすることになった。

これが1974年に大当たりしたディスコソング「ロック・ユア・ベイビー」である。


ロック・ユア・ベイビー


1974年ディビューアルバム「ロック・ユア・ベイビー」のタイトル&シングル大ヒット曲

KC&ザ・サンシャイン・バンドのハリー・ウェイン・ケイシーとリチャード・フィンチはグループのために本作品を書いたが、高音が届かなかったため他のアーティストに提供することとなった。

ケイシーのキーボード、フィンチのベースとドラムス、ジェローム・スミスのギター、そしてドラムマシンでバッキング・トラックが作られた。

歌う予定だったのはグウェン・マックレー。

しかしグウェンがレコーディングに遅刻したため、たまたまスタジオにいた夫のジョージが歌入れを行った。

発売2か月後の1974年7月13日から7月20日にかけてビルボード・Hot 100の1位を記録した。

またソウル・チャートでも1位

本国アメリカ以外でチャート1位を記録した国は、イギリス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、オーストリア、スイス、ノルウェー、スウェーデン、オーストラリア、カナダの11か国に及んだ。

ジョン・レノンは、同年9月に発表したシングル「真夜中を突っ走れ」の曲作りついて、本作品の影響があったことを認めている。

またABBAのベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースも同様に、「ダンシング・クイーン」のバッキング・トラックが本作品の影響を受けて作られたことをのちに述べている。

wikipedia



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ロック・ユア・ベイビー


posted by かどやん at 00:00| Comment(0) | 1974年のディスコ曲

2016年03月03日

カール・ダグラス(吼えろ! ドラゴン)

カール・ダグラス


ジャマイカとカリフォルニアで育ち、イギリスで音響工学を学ぶ。

イギリスで歌手として活動を開始し、下積み時代はローカルグループを転々とした。

1972年にインド出身の音楽プロデューサー、ビドゥと知り合い、リチャード・ラウンドトゥリー主演の映画『Embassy』のサウンドトラックを共同制作する


吼えろ! ドラゴン


発売当初はほとんど話題にならなかったが、ダンス・クラブなどで徐々に人気を集め、イギリスでは1974年8月17日に最初にチャートインし、9月から10月にかけて3週連続で1位を記録した。

本国アメリカでは12月7日から12月14日にかけてビルボード・Hot 100の1位を記録した。

またソウル・チャートでも1位を記録し、ビルボードの1975年の年間チャート14位を記録した。

そのほかフランス、西ドイツ、アイルランド、オーストリア、ベルギー、オランダ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ共和国の10か国で1位を記録した。

wikipedia

この曲もディスコで大人気の曲でしたね

しかし世界中でこんなに売れたとは知りませんでした!!




吼えろドラゴン [EPレコード 7inch]


posted by かどやん at 13:00| Comment(0) | 1974年のディスコ曲