TOP 70年80年代ヒット曲動画パート2

2008年07月04日

ピーター・フランプトン (ショウ・ミー・ザ・ウェイ)

ピーター・フランプトン


ロンドン出身。1966年、アイドルバンドのザ・ハードに参加。

そのルックスから人気者となり、1968年には「1968年の顔」ともてはやされるようになる。

しかしアイドル扱いに嫌気がさしたフランプトンはハードを脱退、1969年に元スモール・フェイセズのスティーヴ・マリオットらとハンブル・パイを結成した。

二枚看板だったはずのハンブル・パイだったが、アルバム毎にソウルフルなマリオットの色が濃くなり、次第にフランプトンは居場所を失っていく。

1972年にハンブル・パイを円満に脱退し、ソロ活動を開始することとなる。

ギタリストとしてもジョージ・ハリスンやニルソンのアルバムに参加して腕を磨く。


ショウ・ミー・ザ・ウェイ


1974年から精力的に草の根全米ツアーを始め、地道にファンを増やしていく。

1976年、この努力が実を結び、先の全米ツアーを収録した2枚組のライブアルバム『フランプトン・カムズ・アライブ (Frampton Comes Alive!)』が全米1位、全世界で1000万枚を売り上げる驚異的な大ヒット作となる。

そのアルバムの中のシングル曲

以上Wikipediaより抜粋



Frampton






posted by かどやん at 09:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 1976年のヒット曲

2008年08月04日

ピーター・フランプトン (君を求めて)

君を求めて


1976年2枚組のライブアルバム「フランプトン・カムズ・アライブ」に収録されているヒット曲

1994年にビッグ・マウンテンがカバーして大ヒットさせる。



Frampton Comes Alive (25th Dlx Ann Edt)




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2008年10月17日

ゲイリー・ライト (夢織人)

ゲイリー・ライト


キーボード奏者そしてヴォーカリストとして、ソロ活動からセッション・ワークまで幅広い活動を見せる。詳しくはゲイリー・ライト - goo 音楽
を見てください。


夢織人


1976年のヒット曲



夢織り人~ドリーム・ウォーヴァー(紙ジャケット仕様)
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2011年10月24日

サンタナ(哀愁のヨーロッパ)

哀愁のヨーロッパ


1976年アルバム「アミーゴ 」からのシングル大ヒット曲

無名時代のサンタナを見初めたプロモーターのビル・グラハムは、1975年にバンドのマネージャーとなり、カルロス・サンタナに明快なラテン・ロックへの回帰を勧めたという。

その結果、本作はサンタナ名義の作品としては4年ぶりに、全米トップ10にランク・インした。

インストゥルメンタルの「哀愁のヨーロッパ」は日本で人気を博し、独自企画のシングルとしてリリースされた。

以上Wikipediaより抜粋



ザ・ベスト・オブ・サンタナ


posted by かどやん at 16:20| Comment(0) | 1976年のヒット曲

2015年03月09日

ピーター・フランプトン(ライク・ウィ・ドゥ)

ライク・ウィ・ドゥ


1976年ライブ・アルバム『フランプトン・カムズ・アライヴ!』に収録されているシングルヒット曲

全米10位獲得曲



Frampton Comes Alive (25th Dlx Ann Edt)




posted by かどやん at 11:22| Comment(0) | 1976年のヒット曲