2016年07月02日

オーリアンズ(ダンス・ウィズ・ミー)

オーリアンズ


Orleansは1972年にニューヨーク州ウッドストックで結成されたアメリカのポップ・ロック・バンド。

1972年2月、ギタリストで作曲家のジョン・ホール(John Hall、後にアメリカ合衆国下院議員)、ギタリストでシンガーのラリー・ホッペン、ドラマーのウェルズ・ケリーを中心に結成される。

同年11月、ラリーの弟ランス・ホッペン、ドラマーのジェリー・マロッタが加入。

アメリカ北東部のクラブ、大学を地道にサーキットして後々のコアなファンを開拓、下積み当時にはボニー・レイット、トム・ウェイツ、ホール&オーツなど前途有望なアーティストと出会って刺激を受ける。

1973年、ABCレコードのダンヒル・レーベルからセルフタイトルのデビュー・アルバムをリリースしたが大した反響は得られず、続く2nd『オーリアンズU (Orleans U)』もアメリカ本国ではリリースされず、日本、ヨーロッパでのリリースに止まった。


ダンス・ウィズ・ミー(Dance With Me)


アサイラム・レコードに移籍し、チャック・プロトキンのプロデュースで制作した3rdアルバム『歌こそすべて (Let There Be Music)』(1975年)からシングル・カットした「ダンス・ウィズ・ミー」が同年秋にビルボードの6位まで上昇する大ヒットとなり、一躍注目を浴びる。

wikipedia

この曲は有名ですね



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posted by かどやん at 14:47| Comment(0) | 1975年のヒット曲

2016年11月13日

カラパナ(ナイトバード)

カラパナ


Kalapanaは、ハワイ出身のロックバンドである。

ハワイアンAORの代表的バンドとして日本でも人気を博す。

1973年、マラニとDJが組んでいたバンドにマッキーとカークが加入し、カラパナとなる。

1975年にデビュー、カラパナの存在はアメリカ本土でも知られることとなる

翌年には、日本でも広く紹介され、今に至るまで度々来日する様になる。

しかし、セカンド・アルバムのリリースと同時に、バンドの要であるマッキーが脱退。

これにより、バンドのスタイルがフュージョン色をより強く帯びたものとなるが、当時の流行も相まって人気は高まっていった。

1977年には、中野サンプラザで初来日公演を果たす。


ナイトバード


Nightbirdは、1975年デビュー・アルバム『Kalapana(邦題:「ワイキキの青い空」)』からのリカット・シングルヒット曲

wikipedia

ハワイの民族音楽とアメリカン・ポップス、ロック、ソウル・ミュージックをブレンドさせた極上のグルーヴを聴かせるサーフ・ロック・バンド

とのことですので、当時のサーファーには人気が高かったバンドなのかなと思いました。





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Kalapana

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posted by かどやん at 14:30| Comment(0) | 1975年のヒット曲