2018年10月13日

ザ・シュープリームス(ストーンド・ラブ)

シュープリームス(ストーンド・ラブ).jpg


ザ・シュープリームス


アメリカの黒人系女性ボーカル・グループ。

日本では従来英音から、“シュープリームス”と表記されていた。21世紀に入り、米音に近づけて“スプリームス”と表記する例が多いが、より正確には“ザ・スプリームズ ”である。

1959年、ザ・プライメッツとして結成。

オリジナルメンバーは、ダイアナ・ロスとメアリー・ウィルソン、フローレンス・バラードにベティ・マグロウンの4人。

ベディはすぐバーバラ・マーティンに替わり、そのバーバラも抜けて1961年、ザ・スプリームスと改名してモータウンと契約した頃には3人組となっていた。

スプリームスは、モータウンの社長ベリー・ゴーディ・ジュニアの強力なプッシュを受け、ホーランド=ドジャー=ホーランドの作曲・プロデュースの下でヒットを連発した。

そして、1964年6月発売の「愛はどこへ行ったの」が、初の全米No.1となったのを皮切りに、シングルが5作連続全米No.1を記録、スプリームスは一躍全米のアイドルグループとなる。

60年代の代表的なヒット曲には「ストップ・イン・ザ・ネーム・オブ・ラヴ」「恋はあせらず」「ベイビー・ラブ」などがある。

その後、1969年のダイアナ脱退前の最後のシングルとなった「またいつの日にか(Someday We'll Be Together)」まで、合計12作の全米No.1ヒットを生み出した。

1967年、ベリーのダイアナだけを前面に押し出した売り方に不満を募らせ、アルコール中毒に陥ったフローレンスが解雇され、シンディ・バードソングが加入。

グループ名も、ダイアナ・ロス&ザ・スプリームス(Diana Ross & the Supremes)となった。

フローレンスは、その後ソロ歌手として2枚のシングルを出したがヒットせず、1976年に亡くなっている(この悲劇を脚色して描いたのが、ミュージカル「ドリームガールズ」である)。

1969年には、ダイアナが独立し、ソロに転向・替わりのリード歌手としてジーン・テレルが加わる。


ストーンド・ラブ


1970年アルバム「New Ways but Love Stays」に収録されている大ヒット曲

全米7位を記録した、ダイアナ脱退後のスプリームスの代表曲。

wikipedia

Wikiでは、スプリームスになっていますが、70年代を知る人にとっては、やはりシュープリームスですよね、レコードジャケットには、ザ・シュープリームスとなっていますので、この記事でもザ・シュープリームスとしました。

ザ・シュープリームスは、60年代に大ヒットを連発したグループで世界的に有名になり、日本では「ストップ・イン・ザ・ネーム・オブ・ラヴ」がディスコで大人気になりました。ステップで踊った人も多いと思います。

この曲はダイアナ・ロスが脱退した後の大ヒット曲で、ボーカルはジーン・テレルです。

「ストップ・イン・ザ・ネーム・オブ・ラヴ」の動画も掲載しました。






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posted by かどやん at 14:50| Comment(0) | 1970年前半のディスコ曲
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