TOP 70年80年代ヒット曲動画パート2

2017年08月26日

ボズ・スキャッグス(ブレイクダウン・デッド・アヘッド)

ブレイクダウン・デッド・アヘッド


Breakdown Dead Aheadは、1980年ボズ・スキャッグスのアルバム「ミドル・マン」からのシングルヒット曲

『シルク・ディグリーズ』、『ダウン・トゥー・ゼン・レフト』、そして「ミドル・マン」はAOR三部作と呼ばれ、ボズ・スキャッグスは人気の絶頂を迎える。

プロデューサー、デヴィッド・フォスターの指揮のもと、これまで以上に洗練を極めメリハリの効いたハイセンスなサウンドは、ジェフ・ポーカロ(ds)やデヴィッド・ハンゲイト(b)、スティーヴ・ルカサー(g)、レイ・パーカーJr.(g)らが参加。

「ブレイクダウン・デッド・アヘッド」(全米15位)、「ジョジョ」(全米17位)がシングル・カットされ、アルバムは全米8位にランキングされた。

Amazonレビュー

ボズ・スキャッグスは元祖AORですが、この曲はロックンロールですね、ノリの良い曲でいい感じです。



にほんブログ村 音楽ブログ 1980年代洋楽へ
良い曲だと思った人は左斜め上カッチとお願いします


ミドル・マン(期間生産限定盤)

にほんブログ村 動画紹介ブログ 音楽動画へ
音楽動画ブログランキング


posted by かどやん at 12:54| Comment(0) | ボズ・スキャッグス

2017年08月19日

スパイロ・ジャイラ(モーニング・ダンス)

スパイロ・ジャイラ


Spyro Gyraは、1975年にアメリカで結成されたフュージョン・グループである。

代表曲に「モーニング・ダンス」などがある。

現在までに20枚以上のアルバムを出し、1000万枚以上を売り上げ、フュージョン系バンドとしてはもっとも成功を収めたグループの一つであるといわれる。

ニューヨーク州最北端の都市バッファローで、リーダーのサックス奏者、ジェイ・ベッケンスタインが地元仲間のキーボード奏者、ジェレミー・ウォールらとのセッションを経て、1975年にバンドとして旗揚げした。

グループ名は、ベッケンスタインが学生時代の生物の授業でspirogyra(アオミドロ)と書くべき所をspyro gyraと綴りを間違えて書いたことに由来する。

1978年、キーボード奏者トム・シューマン、ヴィブラフォンのデイヴ・サミュエルズ等と共にファーストアルバム、Spyro Gyra を Amherst Records よりリリース、初回プレスはわずか500枚であったが、反響を呼び20万枚を超すヒットとなった。


モーニング・ダンス


1979年には代表作となるセカンドアルバム Morning Dance を MCA Records より発表する。

ビルボードのポップチャートを上昇して70万枚以上のセールスを上げ、ゴールド・ディスクも獲得した。

タイトル曲はこのシーンでは珍しいカリプソ調の曲であったが、現在もなお高い人気を保っている。

wikipedia

カリプソ調とは、カリブ海の音楽のスタイルということで、この曲も南国、トロピカルの感じがすごくよく出ています。

モーニング・ダンスですので、休日の朝にでもこの曲を聴いたら、爽やかな良い気分になれそうですよ

日本でもフュージョンが流行っていた時代があり、私もその当時、このアルバムをよく聴いた記憶があります。

1979年のスパイロ・ジャイラの動画と1998年のスパイロ・ジャイラの動画を掲載しましたが、1998年はジャズ調でこれもまたすごくいいですね





にほんブログ村 音楽ブログ 1970年代洋楽へ
良い曲だと思った人は左斜め上カッチとお願いします




モーニング・ダンス(期間生産限定盤)

にほんブログ村 動画紹介ブログ 音楽動画へ
音楽動画ブログランキング


posted by かどやん at 13:32| Comment(0) | 1979年のヒット曲

2017年08月12日

エア・サプライ(渚の誓い)

渚の誓い


原題:Making Love Out of Nothing at Allは、ジム・スタインマンが作詞、作曲し、オーストラリアのソフトロック・バンドであるエア・サプライが1983年のベスト・アルバム『グレイテスト・ヒッツ』で最初にリリースした、パワー・バラードの楽曲。

アメリカ合衆国のBillboard Hot 100では、3週間にわたり2位となったが、この間に首位だったのは同じくジム・スタインマンが手がけたボニー・タイラーの「愛のかげり (Total Eclipse of the Heart)」で、スタインマン作品が頂点の2曲を占めることになった。

この曲は、他の数多くのアーティストたちによってカバーされており、その中で最も成功したのはボニー・タイラーによるものだった。

ミュージック・ビデオ
エア・サプライのバージョンには、複数のビデオが存在する。

ひとつのバージョンでは、1960年代のニューヨークを舞台に、兵士と若い女性が、関係を結ぶ中で様々な困難に直面する展開を見せながら、合間にバンドが演奏する場面が挿入されている。

wikipedia

ミュージック・ビデオが複数あるということで、2つの動画がありました。一つは上記の兵士と若い女性のものでした。

レコードジャケットを見るとドラマ『さよならを教えて』のテーマソングとなっていました。

ボニー・タイラーがこの曲を1995年にカバーしています。その動画も掲載します。



にほんブログ村 音楽ブログ 1980年代洋楽へ
良い曲だと思った人は左斜め上カッチとお願いします





にほんブログ村 動画紹介ブログ 音楽動画へ
音楽動画ブログランキング




posted by かどやん at 14:27| Comment(0) | エア・サプライ

2017年08月05日

カーペンターズ(イエスタデイ・ワンス・モア)

イエスタデイ・ワンス・モア


Yesterday Once Moreは、カーペンターズが1973年に発表したシングル

リチャード・カーペンターとジョン・ベティスの作

昔ラジオで聴いていたオールディーズを懐かしむという内容の歌。

アルバム『ナウ・アンド・ゼン』ではB面1曲目に収録され、オールディーズのカヴァー・メドレーがそれに続き、アルバムの最後は「イエスタデイ・ワンス・モア」のリプライズで締めくくられるという演出がなされている。

元々はメドレーの方が先に企画され、それに意味を持たせるために、リチャード・カーペンターのアイディアで作られた曲。

本国アメリカでは、1973年7月28日にBillboard Hot 100で2位を記録。

日本とイギリスでのカーペンターズ最大のヒット曲で、日本での公称セールスは100万枚以上(オリコンでは約60万枚)。

オリコン洋楽チャートでは26週連続1位を記録した。

wikipedia

カーペンターズ最大のヒット曲をまだ掲載していなかったとは、自分でもびっくりでした。確かにこの曲は日本でものすごくヒットしました。よく憶えています。

私もレコードを買ってよく聴いた一曲です。今、久しぶりに聴いてもすんなりと口ずさむことができます。本当にいい曲ですね!



にほんブログ村 音楽ブログ 1970年代洋楽へ
良い曲だと思った人は左斜め上カッチとお願いします







にほんブログ村 動画紹介ブログ 音楽動画へ
音楽動画ブログランキング


posted by かどやん at 13:26| Comment(0) | カーペンターズ